コミュニケーションは双方向

昨夜、不幸な出来事が
ニュースになっていました。

 

ご冥福をお祈りします。

 

動機は分かりませんが、
誹謗中傷が原因ではなないか?
とも言われています。

 

SNS等により
個人が簡単に情報発信が
できるようになりました。

 

昔は情報は直接伝えるしか
ありませんでしたから、
言葉を発した途端に
相手の反応を知ることができました。

 

電話であっても
相手の声のトーンや
言葉遣いで
相手の反応が分かりました。

 

しかし、
インターネットの進化によって
メール、SNSなど、一方的に
情報を伝えるツールが増えてきました。

 

情報を発信しているのは同じですが、
相手の反応が分かるか?分からないか?は
大きな違います。

 

私が書いているこのブログも、
これを読んでいる方の反応は分かりません。

 

相手の反応が分からずに書いていると
自分の意図が適切に届いているのか?
分からないまま、伝えることになります。

 

ちょっとしたズレであっても
修正しないまま伝え続けることで
全く違う伝わり方をすることがあります。

 

今回のブログでも、
今回の出来事をテーマに書くこと自体、
不快に思っている方もいるかもしれません。

 

だから、私は、
慎重にブログを書いていますが、
それだって、どう伝わっているか?は
分からないまま書いています。

 

ただ、こういう時だからこそ
伝えたいという思いもあって
書いています。

 

メールであれ、
メッセージであれ、
チャットであれ、
世の中にあるほとんどの情報ツールは
コミュニケーションではありません。

 

情報を伝えれば、
コミュニケーションが成り立っているように
錯覚しているだけです。

 

コミュニケーションというのは、
感情や意思、情報を受け取り合うこと、
伝え合うことです。

 

だから、
感情や意思、情報を受け取り合って、
伝え合って、はじめて、
コミュニケーションが成り立ちます。

 

一方的に伝えることが
コミュニケーションではないのです。

 

だから、
コミュニケーションというのは、
本来、反応がある前提で、
情報発信しているもので、
そうでないものは受け取る必要がないのです。

 

このブログも、
反応がある前提で書いていません。

 

反応が欲しいのであれば、
そのように書く必要があります。

 

コミュニケーションというのは、
キャッチボールです。

 

コミュニケーションをしたいなら、
相手が取りやすいボールを投げる
必要があります。

 

相手がボールをぶつけてきたら、
取る必要はありません。

 

よければいいんです。

 

誹謗中傷というのは、
勝手にボールを投げているだけです。

 

単なる自己表現です。

 

受け取る必要はないのです。

 

ただ、何十人、何百人から
ボールを投げつけられたら、
よけようがないのだと思います。

 

だから、ボールを投げる方は、
投げるからには相手に当たる可能性が
あることをちゃんと理解して、
投げる必要があります。

 

相手に当てるつもりがなくても
相手に当たれば、相手は傷つきます。

 

そういう覚悟もって
ボールを投げる必要があるのだと思います。

 

表現しないと伝わらないし
表現すると相手を傷つけるかもしれないし・・・

 

便利な世の中になればなるほど、
コミュニケーションが難しくなっている
ということを意識する必要があるんだ!
と思います。

 

今日は、自戒を込めて書きました。

 

あらためて、ご冥福をお祈りします。

 

今日も最後まで読んでいただき
ありがとうございます。

 

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